研究内容/Research

放射の反作用(放射減衰)

/Radiation reaction (radiation damping)

QED experiments at RA5, ELI-NP (illustrated by K. Seto)
QED experiments at RA5, ELI-NP (illustrated by K. Seto)

阪大レーザー研に所属してから今に至るまで付き合っている研究テーマです.

[博士論文のテーマでもあります.]


keyword: 放射の反作用、量子真空、高強度補正、高強度レーザー、レーザープラズマ


高エネルギー荷電粒子を外力を加えて加速/減速させたときに、強い光が放たれることは良く知られています.たとえば荷電粒子を円状に運動させると(粒子の進行方向に常に直行する方向に力を加える)、その接線方向に光を取り出す装置を作ることができます。これがSpring-8などのシンクロトロン装置と呼ばれる放射光施設の原理です.


高強度レーザーを高エネルギー粒子に照射したときにはこれと同等な幾何がたびたび生み出されます.それゆえに高強度レーザーと高エネルギー粒子の相互作用には粒子からの光輻射が基礎的な物理過程として我々の目前に登場します.レーザーの実験はたいていの場合、なにかしらのターゲットをレーザーで炙るため、レーザーが高強度になると光輻射の見積もりは自然と研究の中心テーマの一つとなります。


ところで、この輻射される光は相当なエネルギー・運動量をもっていることが予想されています.そうすると荷電粒子のエネルギーの大半は光輻射で外部に放たれ、同時に荷電粒子の運動量は修正されねばなりません.光を放つことを放射"作用"として、その逆プロセスである光輻射の粒子への影響を放射の反作用(radiation reaction)といいます.


高強度レーザーの研究所は、それぞれの研究所のセットアップにおいてこの効果を見積もる必要があるでしょう。瀬戸の所属するELI-NPにおいてもそれは例外ではありません。


高強度レーザー研究における放射の反作用を調査するモチベーションは以上のようなものです.

瀬戸はこの現象のモデラーなので、ここからは理論の話をしようと思います.

 

この放射の反作用は、我々レーザープラズマのような領域に適応しようとして考案された模型ではありませんでした.はじめにこのことを考え始めたのはLorentz変換のLorentzとAbrahamの2人でした.当時は電子という素粒子の存在は認められてはいましたが、現代的な量子力学が成立する以前でしたのでそれはどのような物理に従うのかは謎に包まれていました。そこでLorentzは電子を球殻状の電荷分布をもつものと考え、そこに古典物理を適応しました。球殻である理由は原点に電荷量が何か存在してしまうと、1/r^2の特異点に引っかかってしまうためです。いまでいう弦理論のような特異性の除去法の走りのようなものです。そのようにして導かれた電子の”古典”力学の運動方程式をLorentz-Abraham方程式などと呼んだりします(1906).後ほどDirac方程式を導いたDiracがこの方程式を相対論的共変形式に昇華させます.今日、Lorentz-Abraham-Dirac(LAD)方程式と呼ばれるこの式こそレーザープラズマコミュニティの人間がはじめに目をつけた方程式でした。

 

しかしながら、この方程式には以下のような指数的発散因子を持つ逃走解(run-away solution)をもち回避することが困難でした。

解けないと言う問題に直面し(というより提案時から分かっていた)、かなりの数の学者が回避方法に頭を使いました。LorentzとDiracに引き続いてたとえばビックネームであるLandau-LifshitzやFeynmanなども興味を示しています。

 

提案された模型はそれぞれに思惑があり、それぞれの目標を打破するために提案されています。

 

現状は誰も文句のつけようの無い放射の反作用向けのLagrangianと言うものは存在しないため完全な模型は未提出と言えます。

私の研究へのモチベーションはLagrangianが見つかればそれに越したことはありませんが、差し迫り数値計算をある程度厳密に、かつ広い物理レンジで計算できる安定な運動方程式を模索することです。

 

最近の放射の反作用の模型は高強度レーザー(10PWクラス)の登場に従って、もはや古典物理だけでは対応できなくなっています。

 

今後の模型開発はどれだけ丁寧に高次の量子効果/非線形・非摂動現象を導入するか、あるいはそのような現象を別の思惑で組み立てた方程式から引きずり出すかが鍵となってくるはずです。

 

今現在私が所属しているELI-NP(*)ではそのようなよく知られているはずのQEDの世界の中でこのようにまだ不完全な模型にある種の束縛条件を与えるような実験を提案中です。

 

(*) ELI-NPはNuclear Physicsの研究所なのでこの手の研究はどちらかと言えば亜流です。

LAD方程式の安定化に向けて一番美しい解決方法は何かしらありえる物理過程をダイナミクスに追加して安定化を狙う方法です。

 

実は、我々の住んでいるこの空間(物理で言うところのMinkowski時空)にあるQEDに従う真空というものは、外部から刺激を与えることでわずかに励起をすることができます。このわずかにというのがミソで、あまりにも真空に強い刺激を与えすぎると何も無い状態から粒子を生み出すことができます!いわゆる真空の崩壊というものが見れるわけです。たとえば光を種に真空を壊すことを考えるならば、そのときには電子と陽電子がポロっと出てくるわけです。この話題は無から何かができるということで高強度レーザー場のテーマの中では、かなり華やかな(?)研究テーマなのですが、私のアイディアはこれにぎりぎり届かない領域までを考えることにしました。

 

真空は壊れないけれども真空は揺らいでいる状態というのは、真空をある種の電磁場の伝播媒体のようにみなすことができます。電磁気学の授業はたいてい、真空中の電磁気学と物質中の電磁気学を学びますが、QEDにおいては真空を後者の物質中の模型で捉えることができるのです。すなわち光がQED真空を伝播しているなら、電子がこれだけ放ったと自分で認識する電磁場は離れた観測地点で私たちが実測する電磁場の値とは違って見えるのです!工学をたしなんでいる方には電子から放射された電磁場が変調されて、我々の計測計器に引っかかるというと理解がしやすいかもしれません。

 

ここ最近の模型はこのQED真空による電磁場変調を取り扱っています。

 

われわれはLAD場を計測値として知っていますが、すでに変調された後の値なので何とかして変調前の電磁場の値を手に入れようというのが大雑把な研究内容です。

 

Keita SETO, Sen ZHANG, James KOGA, Hideo NAGATOMO, Mitsuo NAKAI and Kunioki MIMA, Prog, Theor. Exp. Phys. 2014, 043A01 (2014).

 

Keita SETO, Prog, Theor. Exp. Phys. 2015 023A01 (2015).

 

さらにここ最近は、上記の模型に高強度補正と個人的に呼んでいる補正を入れました。これは電子を揺さぶるレーザーなどの外場があまりにも強すぎると、電子がそれに呼応して光の放出を弱めてしまう傾向を反映させたものです。QEDの計算によると電子の電荷量(の絶対値)がだんだんと小さな値になることが分かっており、光輻射公式(Larmorの輻射式)も電荷量の二乗に比例するので、直感的に輻射光のスペクトルの形状が補正の前後で変化しそうだということは予知できます。これを実際に方程式に搭載したときに①運動方程式は安定に解けるのか?②どれくらい搭載前後で性みれるのかということが、この分野をやってる人たち共通で興味を持っている最近のホットな話題です。

 

詳しくは以下をご覧ください。

Keita Seto, "Radiation Reaction in High-Intensity Fields", PTEP 2015, 103A01 (2015). 

 

幸運にも、大阪大学近藤賞を受賞してここまでの成果をまとめるチャンスがありました。

http://keita-seto.jimdo.com/講演-presentations/

にスライド一式を置いているので、続きが気になる方は授賞式当日に使用したプレゼンテーションをご覧ください。